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東京高等裁判所 昭和25年(く)26号 判決

抗告人

岡村大

主文

本件抗告を棄却する。

理由

記録によると被告人齊藤襄に対する窃盜被告事件につき橫浜地方裁判所裁判官荒木秀一の発した勾留状により昭和二十五年二月十一日神奈川警察署に勾留され、同月十七日同人に対する窃盜被告事件につき橫浜簡易裁判所に公訴の提起があつて、同年四月三日の同被告事件の第二回公判期日において当該事件の裁判官山本茂に対し抗告人において不公平な裁判をする虞あるものとして同裁判官を忌避する旨の申立をしたのに対し同裁判官から訴訟手続はこれを停止する旨の宣言があつて閉廷し、爾來忌避の申立に対する裁判は未定の儘であること、及び同裁判官において同月七日前示勾留を同月十七日から更新する旨の決定をしたことは洵に所論の通りである。抗告人は忌避の申立があつたのであるから刑事訴訟規則第十一條により同規則第十條第二号及び第三号の場合を除き公判手続を含めた一切の訴訟手続はこれを停止すべきであるに拘わらず、右裁判官山本茂は敢てこれを冒し右の如く勾留を更新する旨の決定をしたのであるから同決定は実質上無効であつて取消さるべきであると論ずる。

然し乍ら刑事訴訟規則第十一條に所謂「訴訟手続」は公判手続の如き実体的判決えの到達を直接の目的とする訴訟手続のことを謂い、公判手続における被告人の出頭を保障し或ひは被告人による罪証の隠滅を防止する等單に刑罰権の存否を確定する実体的な審判手続に対し副次的目的を有するにすぎない、被告人の勾留を更新する手続のごときはこれを含まないものと解すべきである。蓋し、元來勾留はその期間につき刑事訴訟法上一定の制限があり、その期間は訴訟手続の停止の規定に拘わらず、絶えず進行し、その更新決定の理由あるに拘らず敢てこれを放置するときは当然右決定期間は満了し同時に被告人は釈放されることとなり、爾後の公判手続等実体的な審判手続に支障を來すに至るべきことが必定であるから、必ずやその満了前他の裁判官においてその更新手続を爲すより外はないことになる。この事は裁判官において自ら忌避の申立を理由ありとしない限り、これが忌避の申立に対する当否の決定が確定する迄は、同裁判官は当該被告事件の職務の執行から排斥されることなく、單に訴訟手続を停止するに止めている刑事訴訟法及び刑事訴訟規則の諸規定と矛盾する結果となるから同規則第十一條に所謂「訴訟手続」には少くとも勾留更新手続は含まれないことが理解される。而して斯く解することは刑事訴訟規則第十一條但書が本來停止しなければならない訴訟手続でも爾後行わるべき実体的審判に及ぼすことあるべき支障を防止せんとする合理的な根拠から急速を要する場合は当該裁判官において敢てこれを行うことができる旨を規定していることに対比しても首肯し得るところである。これを要するに、勾留の更新決定の如きは前示勾留本來の目的に照らし、特に本件に於ては除斥の原因あることを理由とするためにあらずして不公平なる裁判をする虞あるものとしての忌避申立にかかるものであるから未だ忌避の申立を理由ありとする決定の確定しないうちは忌避を申立られた当該裁判官においても、これを爲し得るものと解する。以上諸点に照らし結局に於て所論は理由なく之を採用し得ない。

(抗告申立人弁護士岡村大の抗告の原因たる事実及び理由)

一、申立人は被告人の弁護人であり目下被告人に対する橫浜簡易裁判所係属窃盜被告事件につき被告人の爲め勾留理由開示請求をした事がある者であるが、被告人は昭和二十五年二月十一日午前十二時〇分窃盜被疑事実に付き橫浜地方裁判所裁判官荒木秀一により橫浜市神奈川警察署を代用監獄として斯に勾留され右事実に付て同月十七日橫浜区檢察庁檢察官副檢事山戸定より橫浜簡易裁判所に公訴の提起を受け同日橫浜市神奈川警察署より橫浜刑務所に移監された。

二、処が右被告事件につき昭和二十五年四月三日開かれた第二回公判期日に於て申立人は被告人の弁護人としての資格に於て係属橫浜簡易裁判所を構成する簡易裁判所判事裁判官山本茂に対し刑事訴訟法第二十一條第二十二條に基く忌避の申立を爲し即日書面を以て刑事訴訟規則第九條所定の手続を了した。

三、之に対し同裁判官は同月九日橫浜地方裁判所に対し刑事訴訟規則第十條所定の意見書を差出したので刑事訴訟法第二十四條所定の裁判は之をしていない。

四、然らば刑事訴訟規則第十一條に依り前記被告事件に関する訴訟手続は忌避の申立について決定すべき裁判所の決定が確定する迄之を停止しなければならず、然ればこそ前記第二回公判期日に於ける公判調書末尾に裁判官は訴訟手続を停止する旨を宣し閉廷したとの記載が停止を宣告し且其の実行を現在及び不確定な將來迄確保している。

五、斯く訴訟手続の停止があつた場合には彼の公判手続の停止(法第三百十二條第三百十四條)の場合と趣を異にし忌避を申立てられた当該裁判官が関與すべき公判手続を含む刑事訴訟に関する一切の訴訟手続を停止しなければならないのであり、勾留更新手続も亦訴訟手続の一であるから忌避を申立てられた裁判官は更新決定をしてはならないのである。

六、然るに前記忌避を申立てられた裁判官山本茂は忌避申立の日たる昭和二十五年四月三日より三日を経過した同月七日に到り前記勾留を四月十七日より更新する旨の決定をなし右決定謄本は同月八日被告人に送達された。

七、故に右勾留更新決定は別に急速を要する場合でもない決定であるので、権限なしに爲された決定であり実質上無効なもので被告人は当初の勾留の期間の満了した昭和二十五年四月十六日限りで釈放さるべきであつたのに拘らず今以て不法に拘禁されているので右更新決定の取消を求める爲め本抗告に及んだ次第である。

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